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2006年3月23日 (木)

  海難事故当時の様子

平成16年5月10日 いちき串木野市に本社がある 若潮グル-プ 若潮水産㈱等の説明による転落事故報告

マダカスカル沖、約2000kmの洋上にて、・・・・・5月10日22時10分頃、S41.40 E52.30付近にて甲板員(眞田雄輝)18才が、揚縄作業中に行方不明となった。

 

船内をくまなく捜索するも見当たらず、海中に転落したものと思われる。

 

眞田君については、5月10日20時10分頃(日本時間)甲板上で全員揚縄作業に就き、本人も元気で仕事をしていた。

 

本人は、22時頃船尾に浮き玉を収納しに行ったが、22時10分頃、甲板上へ復帰するのが遅いのに気付き、直ちに揚縄作業を中断し、全員で船内のあらゆる個所をくまなく捜索すると共に、

本船は直ちに反転して現在捜索中。 付近全船に捜索を依頼、特に社船3隻(8号・82号・128号)が近くで操業中のため、捜索の応援を求めた。

 大変な事故の発生となり、申し訳ございません。 現在の海上模様 西南西の風 風力3 天候 曇り 気圧 1003Hp 水温 13.0 発信人 船頭

上記の赤文は、第108若潮丸船員海中転落事故に関する通信

私達遺族が、後で判った事ですが、転落事故当時の現地時間では、約午後、16時40分頃と思います。 

又、海上保安庁警備救難部救難課 (監修)  社団法人日本水難救済会 (編) 国際航空海上 捜索救助マニュアルによれば 

水温13度の人の生存率は、海水温度10~15度の生存可能な時間は、6時間未満 (約3時間で有効な動きなどが、出来なくなる、又、身震いが停止する)

 

この様な場所では、上記にある様に、水温13度自体、陸上より危険度は、数倍の危険の上で作業しているので、

人の命の事を考えると、船主側、又、船の責任者たる者、安全の上にも、安全を重ね、一人作業をさせ、

又、作業用救命衣を未着用で、作業をさせるという事は、私達遺族に対しての裏切りである。 

父は、風呂に水を張り、私に氷を沢山入れさせ、水温13度になるまで、氷を入れろと言い、でも、家には、あまり氷が無かったので、

父は店に行き、氷を買って来る様に言った。でも、なかなか、水温13度は、出来なかった。

16度位下がりましたけど・・・父の唇の色は、真っ青になっていました。

 

でも、父は、雄輝は、これ以下の海に見捨てられて居ると・・・つぶやきながら、黙っていた・・・ 

南半球の5月からは、日本と反対で冬に向かっているのです。 

又、この南緯40度近くからは、世界の難所の吠える海・怒る海・狂う海と呼ばれている

全く着用など、頭からさせた事は、無いと聞き、私達遺族は、遺憾に思っています。

コメントの方も宜しくお願いします。

私達が、横須賀の戦没者慰霊祭に帰りながら、見た風景を見て下さい

Photo_1 雄輝が、宮崎海洋高校でハワイより立ち寄った、三崎港です。この時も、他の高校の船が停泊していました。

Photo_2 しまなみ海道の生口島の耕三寺です。外国より取り寄せた、大理石で造っています。

175_149 耕三寺  中も、とても見ごたえがありました。近くに行く事がありましたら、寄って見ると、いいと思います。

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コメント

水温13度・・・寒くて冷たくて怖かったでしょうに・・・同じ船に乗っていた、従業員も皆会社と同じ気持ちなんでしょうか?もしかしたら、真実(気持ち)・会社に不満を持っている人はいないんでしょうか?皆口を揃える人ばかりなんでしょうか?涙を流す人はいないんでしょうか?・・・利益・金・権力そんな世の中になってしまったんですね。もし、私の息子が同じような目に遭ってしまったら私もご親族の方々の様に行動したと思います。

投稿: 四葉のクローバ | 2006年3月24日 (金) 12時50分

四葉のクロ-バさん、いつも、文を読んで頂き、心より感謝しています。
いつも、いつも、愚痴の様な文で、すいません。でも、どうしても、訴えたい事が、山の様に有るので、すいません。まだ、色々な事が沢山ありますので、もし、よければ、見ていて下さい。 雄輝の為、私達は、絶対に妥協しません。

投稿: さなちゃんより | 2006年3月24日 (金) 13時43分

この若潮水産は、自分たちが違法行為をしていることに気づいているのだろうか。遺族に対してあまりにも酷い対応の数々。人間として胸を張って世間に顔を見せることが出来るのだろうか。この事件は、誰が何と言おうとれっきとした労災事故だと思う。それに対しての対応がこのようなことならば、若潮水産は、人間以下の集まりだと思います。もっと人間らしい誠心誠意を遺族に対して見せることすら出来ないのだろうか。人間を人間として見ていない人間たちの集まりだということが、このブログから十分に伝わると思います。

投稿: ニトロバンコ | 2006年4月25日 (火) 23時57分

ニトロバンコさんへ
お早うございます。
ニトロバンコさんの様に、世間の人達のほうが、労災については、的確に出来るのに、なぜ司法が、それをしないのか、不思議でなりません。私は、司法の間違った事に、従うつもりは全くありませんから、
これからも、コメントなど 宜しくお願いします。

投稿: 眞田より | 2006年4月26日 (水) 08時39分

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