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2006年5月 5日 (金)

第108若潮丸の雄輝の最後

雄輝に持たせたデジカメに、写っていた雄輝の最後の写真です。

雄輝は、何処でも、直ぐ友達を作るタイプです。

デジカメに有りましたが、1枚だけ抜粋します。

インドネシア人2名と雄輝です。

親の欲目でしょうか、雄輝が、少したくましく、見えます。

この時は、楽しく過ごしていた様に、思えます

私が、最後に、3分刈で、頭を刈りましたけど、

結構、伸びている様です。

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雄輝の思い出 初節句

昭和61年5月5日 初節句

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500100046_2初節句の朝、今日は、お出かけですよ。

初節句で貰った、こいのぼり、大きくて、住んでいる所が、アパ-トなので、揚げれなかったね。

雄輝も、お座りが出来る様になり、この日は、こいのぼりも、雄輝の遊び相手

お父さんは、こいのぼりの中に、雄輝を入れたりして、雄輝よりも、お父さんが楽しんでいたのかも?

初節句のお礼の品と一緒に、短冊を配るのですが、短冊の写真は、2月14日バレンタインの日の写真

お父さんの座椅子に、雄輝が座り、「僕もチョコレ-ト頂戴・お父さんより、僕だよね」と言いたげに にこにこ顔です。

116_2 2才の時には、4月になると、お父さんが、早くから、こいのぼりを揚げてくれたね。

こいのぼりが、揚がると外に出て、「やった~ こいのぼり 大きいね」 

兄弟二人で、仲良く外に出て、はしゃいでいたね

お父さんも、二人が仲良く遊んでいる姿、窓越しに、眺めていたね

117_2 3才の時には、保育所で作った、こいのぼりを持ち、二人で、どっちが大きいかな。

外で泳いでる、こいのぼりが一番大きいね。

お風呂に、菖蒲を入れていたら、「草が入っているから、お風呂、入れないよ」と言った事もあったね。   

初節句に、祖父母に買って貰った、五月人形は、今でも、 大きく・元気で育ってね と、語りかけています。

端午の節句とは、強い香気で厄払いする菖蒲湯に入る事で、無病息災を願うそうです。

こいのぼり は、登竜という激流(登竜門)を鯉が登ったという中国の伝説を受け、鯉には、出世と健やかな成長を願う親の気持ちが託されているとの事です。

今日は、雄輝と一緒に、ちまきを食べます。

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2006年5月 3日 (水)

初めてブログを見てくださる方々へ

平成18年3月10日より、ブログ作成始めましたが、文が沢山になり、初めて私達のブログを見てくださる方々が、何処から見れば良いのか、何を訴えているのかが、判らないと思いまして、5月10日が雄輝の三回忌なので、今回、まとめさせてもらいます。

私達は、このブログでも述べている様に、海難事故の悲惨による、本人は元より、遺族も、やり場の無い憤りなど、述べているつもりです。

この様な、亡骸も無くなる様な、労災事故が、少しでも無くなる様に、皆様に訴えていく所存であります。

又、船主側も、海難事故が、いつ・何処で・どの様にして起きるか、判らないのが、労災事故です。

私達は、船主など、海難事故を、皆が一丸となって取り組み、海難事故について、少しでも、減少する様に、今から先、活動を続け、私達の様な遺族が、一人でも無くなる様にと、願いを込めて、このブログを立ち上げました。

場所は、日本より約1、2000kmの大西洋です。

マダカスカルより、約2、000km沖合いで、 又 一番近くの島まで約500kmの所です。

水温は、13度位で、この水温13度に於ける生命維持は、約6時間が一杯です。 (勿論、救命胴衣着用の場合)

水温13度は、3時間で、振るえなどが無くなり、自分で生きるなどの思考能力も無くなるのです。

勿論、船会社の説明によれば、一人作業だったので、転落場所の特定は、定かではありません。

その時は、船主側の00専務は、波が無かったので、一人作業・作業用救命衣未着用で、甲板作業をさせました との言い訳の言葉だけです。

国土交通省海事局による、船員労働安全衛生規則の中には、波がない時など、一人作業・転落防止柵・作業用救命衣未着用で、甲板作業を、させて良いという事など、全く、書かれていません。

テレビなどで、良く見かける救命胴衣にしても、未着用での甲板作業など、良く見かけられますれど、労災事故など起きた場合、法律が、いかされてきます。

又、周りに何があるか、考えれば、海上保安庁などが言っている、海のシ-トベルトは、何を指しているのか、船に携わっている者は、当然、守りべき鉄則である。

では、作業用救命衣は、この船自体が、転覆などのおそれがある以外は、使用出来ないのでしょう。

この会社自体、作業用船と旅客船と混合しているのでは、ないでしょうか。

船主の責務は? 又 船長の責務は? この会社自体には、存在していないのでしょう。

今から掲載する事は、私達の雄輝に対する人柄など、皆様に判って貰う為に、書きますから、宜しくお願いします。

雄輝が幼い頃より、私が、船などに乗せて、魚釣りに連れて行き、海に親しみをもたせていました。   子供達も、海に親しみ感を持ち・・・

その為、水泳教室など、幼い頃から、行かせていました。

私は、米粒一粒に7人の神様が宿っていると、幼い頃より、祖父などに教えられ、育ってきました。 

私は、子供達についても、ご飯など食べる時は、中学校まで正座で、肘をつかず 両手で、しっかり茶碗など持って、食べる様に躾けました。

子供達は、私が幼い頃言った事を、守ってくれました。 それ程、素直で、良い子供達です。

私達は、子供達には、沢山の思い出を作ってあげたいと思い、出来る限り、海・山・川・公園・遊園地・動物園など連れて行き、楽しませました。

兄弟二人が、年子なので、双子の様に、いつも一緒に遊んでいて、弟思いの兄・兄思いの弟でした。

私が、雄輝達を子供の頃から、船に乗せ、魚釣りなど連れて行き、釣った魚を、その場で食べさせたり、雄輝自身、泳ぐ事が好きだったからなのでしょうか、中学時代には、漁師になりたいと、言っていました。  私達には、漁師など、縁の無い職業でした。

その為、中学2年では、進学校を決められない生徒が、沢山いる中、雄輝は、早くから、宮崎海洋高校の進学を決めていました。

宮崎海洋高校では、航海(船長に、なりたい)を選考し、危険物・潜水士の免許取得

卒業後、乗船1年9ヶ月で4級海技士・3年で3級海技士の資格も取得 口述のみの、権利もありました。 

宮崎海洋高校では、寮生活だったので、先輩からの躾け・後輩へのいたわり・寮での集団生活の厳しさを身につけ、親の有り難さを、人一倍、感じていた雄輝でした。

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2006年4月30日 (日)

おながかんあおい

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おながかんあおいの登録品です。

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雄輝の思い出 あさりほり

「明日は、あさり堀に出かけるから、貝堀の準備をするぞ」と、お父さんが声をかけ、皆で準備

子供達は、自分の道具の準備 小さなスコップ・ザル・熊手

子供達が「お父さんは、大きなスコップ・大きなザルを持っていくちゃろ」と、尋ねる。

いつもの、お父さんへの期待である。

当日は、干潮めざして、出発。

泥んこになりながら、一個見つけては、あさりの模様を眺めたり、まて貝を見つけては、珍しそうに「こんな貝がいたよ」と話しかけながら、掘っていましたね。

子供達は、どっちが沢山獲るか、大紛争

お父さんの所へ行っては、ザルに入った泥と貝に、水をかけ、いっしょに振るったりしていましたね。

貝堀が終わると、近くでお弁当を広げ、食べて帰っていましたね。

赤い服の時が、小学2年生

白い服の時が、小学3年生

連休が来ましたが、忙しいお父さん・お母さんも、いらっしゃるかも知れませんが、特に小さい子供さんが、いらっしゃる方は、少しの間だけでも、子供との時間を作って、時間を大事に過ごして頂きたいと思います。 

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