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2007年1月25日 (木)

亡骸と遺骨

亡骸がないという事は、最後の姿を見れない。

遺骨がないという事なのです。

私達にとって

お墓・納骨堂 何の為にあるの・・・

遺骨があると形見にペンダント・指輪などが出来るのですけど、それもできないのです。

でも、何でも良いから、親としては雄輝の物を体に着けていたい。

昔、ペンダントでロケット(写真を入れる)があったのを思い出し、

宝飾店に行くと、「最近は、ないですよ」と、あっさり断られる店ばかりでした。

しかし、M宝飾店の方々に出会い、私達の心情を察してくださり、探して下さりました。

そして今は、私達の話相手にもなってくれています。

誰かに胸の内を話すだけでも、落ち着いたりするものなのです。

ペンダントの中には、笑顔の雄輝の写真が入り、出かける時は、いつも一緒です。

私達には、残された雄輝への思いは、そのような形しか出来ません。

子供が親より先に旅たつ辛さ・虚しさなどありますれど、私達には、そのことすら出来ません。

雄輝を船主などが、親元に返してやらなければならない、という事すら、しなかったからです。

私達は、2年8ケ月経ちますが、・・・

今は、悲しさ・虚しさではなくて、憎しみだけです。

私達の思いは、間違っているのでしょうかね・・・

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