2007年3月16日 (金)

中学卒業式

平成13年雄輝中学卒業式

一人々、卒業証書を貰い、どんな思いだろうか。

殆どの友達が地元高校

雄輝は宮崎の方に進学するので友達とも名残おしそう。

雄輝は中学3年間無欠席で皆勤賞も貰いました。

とても素晴らしい事で自慢出来る事だと思います。

この時から夢膨らませていたのに・・・・

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2007年2月 1日 (木)

思い出の杉の井ホテル

_020_2 平成16年2月1日~3日 眞田雄輝が友達と卒業旅行に行った日です。

卒業旅行は、沖縄に行きたいと計画を立て始めましたが、皆の旅行日程を決めていると日にちが余りなく、大分の杉の井ホテルに決定しました。

ホテルの部屋の中での親友が妹の土産に買ったぬいぐるみです。

この時、杉の井ホテルでは、棚湯が有名で、屋上にあり外の景色を眺めながら、ゆったりと湯船につかれるのです。

雄輝達は、3日間別府の町を巡る事もせず、ホテルにあるボ-リング場(当時、ボ-リングに凝っている友達がいた為)・ゲ-ム場で遊んだ様子でした。

近くの卒業旅行だったけど、友達同士の友情が深まったと喜んでいました。

雄輝が他界した後、一緒に旅行に行った親友の家に行った時、雄輝が別府旅行の土産を、親友のお母さんにあげた事を知りました。

お母さんは、雄輝が泊まりに来た時の事を涙を流しながら話してくださり、雄輝君からの土産は、私の宝物です、と言って下さいました。

親友のお母さんは、何故、雄輝君がこんな目にあわなくてはならないのかと、語ってくれました。

親友のお父さんも、その時は、船舶に乗っていましたが近くの港に行き、すぐ私達の元へ飛んで来てくれました。

雄輝は、人に対しては気遣いをし、優しい子供でした。

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2007年1月26日 (金)

雄輝の資格権利

眞田雄輝、四級海技士は、2年以内に口実試験だけで合格でした。

三級海技士は、3年で取得する事が出来ました。

でも、これは、乗船69日目で、船員法違反などで、他界させられました。

雄輝は、将来の設計も立てており、すべて無にさせられました。

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2007年1月24日 (水)

命の重み

風化させないでください。亡眞田雄輝(当時18才)の願いです

転落行方不明になった息子は、子供の頃から海が好きで、中学時代には船に乗る仕事を、したいと考え、高校は海洋高校に行くと早くから決めていました。

高校時代は、必要とする免許も頑張って取得しました。

将来の第一歩として、A社は給料も良いし、大きい船に乗れる事で夢を膨らませていました。

求人票には、入社が4月1日と書いてあったので、そう思っていたら、2月5日、A社事務所で船員手帳の手続きで行った時、2月27日焼津集合、3月3日焼津港出港。

出航期間18ヶ月が22ヶ月に、なったと聞かされました。

雄輝は、A社に役に立つ船員になりたいと、卒業式までの自宅待機の時も、学校に行き、授業では習わなかった、ロ-プワ-ク・ワイヤサシなど、船に乗った時必要なな事を、勉強に行きました。

学校側は、正式な卒業式に間に合わないとの事で、雄輝の為に2月20日先生・生徒を集めて、卒業式をしてくれました。

雄輝は皆に感謝し、仕事はたいへんだろうけど、皆に会うのを、楽しみに頑張りたいと、言っていました。

平成16年5月9日(母の日)、船舶電話から運搬船で送って貰いたい品が何かを、話しました。

その次の日、5月10日、転落行方不明と連絡が来る

出航して69日目

私達は、頭の中が真っ白になり、何がどうなったのか、訳が判りませんでした。

これでは、18歳で亡くなった雄輝に対して、私達は、申し訳無いと感じ、1から船に関する事・法律を勉強して来ました。

船主側は、第一に安全・第二に品質・第三に漁獲高、この様な体制でやって貰いたい。

人の命は、何人たりとも、犯す事は出来ない。

もし、これを犯したならば、法律により、罰せられる。

これが社会的ル-ルである。

これは国民の権利である。

船主側は、本当に船の周りは何があるか、知っているのだろうか。

船の周りは、奈落の海以外何も無い。

その様な環境の中で作業させる以上、国が定めた法律を、繰り返し、繰り返し、徹底させる義務があると思う。

国土交通省も、地方任せで無く、徹底的に調べて頂き、船主に船主の自覚・海難事故防止を、させて貰いたいです。

雄輝自体、転落後、絶対に生きたかった。

でも、生き様としても、その糧が無かった。

しがみつく物が何も無い海中で、どんな思いでいたか。

これでは、雄輝が生き様としても、諦める他、無かったと思う。

父は、雄輝が海中に沈みながら、笑顔で「お父さん・お母さん、ごめんなさい」と言って沈む夢を見ています。

それが、航海時の雄輝の最後の姿です。

私達は、雄輝の命を、無駄にしたく無いし、私達が、どれ程の苦痛を味わっているか、本当に判る人は少ないと思います。

私達の様な苦痛を、味わう人が居なくなる様に、徹底して頂きたいし、私達も、国と協力して、海難事故防止に向けて行動して行きたいと考えています。

(未だに、亡骸はないままです)

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2007年1月17日 (水)

平成16年1月17日

もう一つの1月17日

雄輝が最後の高校生活の冬

大親友(宮崎の日南)が泊まりに来てくれました。

雪を見たことが無いとの事。

この日は、延岡から1時間の所では雪が積もっているとの事で出発

宮崎は南国と言われますが、五ヶ瀬ハイランドスキ-場があり、スキ-が出来るんですよ。

この日は、高千穂に行くと既に雪が積もっていました。

神話の国 高千穂と呼ばれています。

滅多に雪を見ない二人は、幼児の頃に戻り、雪ダルマを作ったり、雪投げと、濡れる事は考えず、はしゃいでいました。

この写真の姿を見ていると、2人とも素直な姿しか浮かびあがりません。

今日は、延岡は雨だったので、後日、雄輝の航跡を追いに高千穂に行き、写真を撮ってきます。

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2007年1月 8日 (月)

雄輝の弟

153 平成19年1月8日・

今日は、眞田雄輝の弟の成人式が延岡文化センタ-で開催されました。

雄輝は、人生の節目である成人式には、昨年、私達が雄輝の遺影を持って成人式を挙げさせました。

弟も心中穏やかではなかったかも知れませんが、無事、成人式を迎えました。

弟は雄輝を超え、成長していきますが、雄輝は、いつまでも18歳のままで、それ以上の成長していく姿は、見る事は出来ません。

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2007年1月 3日 (水)

雄輝が乗りたかったSL

平成18年11月・12月神奈川県平塚生命のメッセ-ジ展の帰り、福井県若狭本郷駅でSL義経号を見ました。

平成2年の大阪花博会場で運転していたSL義経号の原寸大レプリカだそうです。

若狭本郷駅は、同じく花博の「風車の駅」を移築したそうです。

平成2年の大阪花博会場には、私達家族も行きました。

これは、私達はただの偶然とは思えないような気がしてなりません。

違反操業で命を奪われた亡雄輝が乗りたかったのでしょうか。

私達もこのSL義経号を調べているうちに、・・・

世の中、不思議な巡り合わせがあるように思えてなりません。

雄輝が初めて口にした椰子の実です。

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2006年12月24日 (日)

クリスマス

093_2 092_1 094_2 今日は、クリスマスイブです。

毎年、クリスマスが近づいてくると雄輝と弟は、プレゼントを楽しみにしていました。

保育所では、クリスマスの飾りを作ったり、家でもツリ-の飾りつけを楽しくしていました。

ケ-キも楽しみ

雄輝が他界してからは、色々な行事が来るたび、その時の事を思い出し、胸が苦しく、悲しい日々となってしまいました。

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2006年10月 2日 (月)

雄輝の誕生日

9月27日 雄輝21才の誕生日でした

私達の知人が雄輝の誕生日と知り、家に来て下さり、

私達家族に素晴らしいプレゼントを下さいました。

ライタ-に雄輝の顔・舵輪の模様

家族の名前 ファミリ-の絆の言葉を刻んでいました。

私達の気持ちを其のまま託した様に思え、

思いもよらないプレゼントに涙が流れました。

主人に使ってくださいと言いましたが、

傷が付くのが嫌だから、

雄輝の側に置かせて貰う事にしました。

いつも私達の事を気遣って下さり感謝しています。

夜は雄輝を連れて食事にも行きました。

毎年誕生日には、ケ-キを買ってたので、勿論、今年も買い、

21本のロ-ソクを灯しました。

ロ-ソクは、家族3人で・・・・

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2006年7月 7日 (金)

雄輝の思い出 七夕

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保育園時代の七夕です。

保育園の時、短冊には、何をお願いしていたかな。

保育園のお友達と、商店街に飾られた、七夕見学。

幼稚園時代には、お父さんが山から5・6本竹を寄付してましたね。

勿論、家でも、飾りました。

今日、延岡の方は、台風の影響で、天の川は、見られません。

今、私達が、願う事は、少しでも海難事故が減少し

私達の様な遺族が、無くなる事を、せつに願い、

今、海難事故を風化させない為、動いています。

又、行政も真剣に取り扱い、法律の不備をなくし、

強固な態度で、法制化を整備して頂きたいと

亡雄輝も願っている事でしょう。

風化させず、海難事故撲滅を願う事です。

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