2007年1月 1日 (月)

雄輝への年賀状

今年も雄輝の小学校の頃の恩師から、雄輝へ年賀状が届きました。

勿論、雄輝のお別れ会も出席して下さった恩師です。

雄輝は高校卒業まで、お世話になった恩師には、毎年、年賀状を出していました。

雄輝が他界した事は、分かっていますが、

恩師には、心の中に雄輝が生き続いており、

雄輝が他界しているとは、私は信じません。

雄輝君宛に、いつまでも年賀状を出し続けたいと話して下さいました。

今の世の中、いじめ・学校関係者の色々な事が騒がれているのも分かっていますが、この様な良い先生がいるのも現状です。

雄輝宛に年賀状下さる事に、私達は感謝しています。

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明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます

平成19年1月1日 元旦

今年も宜しくお願いいたします。

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2006年12月30日 (土)

感謝いたします。

_041_1 平成18年平塚メッセージ展に行った時近くを観光してきました。

その時、伊豆で見かけた黒船です。

平成18年3月20日頃から私達の立ち上げたブログを、見てくださった多くの皆様へ、感謝いたします。

今年も、残すところ後1日です。

皆様、良いお年お迎え下さい。

来年も宜しくお願いします。

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2006年8月23日 (水)

平成18、8、21 朝日新聞記事NO3

平成18年8月21日 朝日新聞

(社会)抜粋記事パ-ト3

救命胴衣なぜ着けぬ

漁船作業時義務のはず・・・

先月、神戸地方海難審判庁で初審判があり、

刑事裁判の被告にあたる受審人の漁労長は

「作業時は邪魔になることもあり、着用を

乗務員に強制しにくい」と釈明した。

海上保安庁によると、05年に漁船から海に

転落した人の救命胴衣着用率はわずか12%。

「暑い」「作業の邪魔」「恥ずかしい」などが理由だ。

だが、生存率は着用していた人が38%なのに

対し、未着用の人は20%とほぼ半分。

効果は歴然だ。

着用を徹底している会社もある。

鳥取県にある水産会社は救命胴衣着用の

誓約書を船員一人ひとりと交わす。

守らないと解雇も辞さない方針で、担当者は

「安全より作業のしやすさを優先する船員の

意識を変えるのに10年かかった」と話す。

<海難事故を風化させないで>と

訴えるチラシも5千枚作り、ス-パ-など

各所を回っている。

審判の裁決は31日に言い渡される予定だ。

夫婦は「着用していれば、せめて亡がらを

抱きしめられたかも知れない。

同じような犠牲者と遺族をこれ以上出さないで

ほしい」と訴えている。

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2006年8月22日 (火)

平成18、8、21 朝日新聞記事NO2

平成18年8月21日 朝日新聞

    (社会) 抜粋記事パ-ト2

救命胴衣なぜ着けぬ

漁船作業時義務のはず・・・

息子死亡延岡の親

「規定厳格化を」

真田敏雄さん(54)と弘子さん(51)夫妻。

見習い甲板員だった長男の雄輝さん(当時18)は

04年5月、マダガスカル島沖2千キロの海に消えた。

マグロはえ縄漁船第108若潮丸(499トン)=

鹿児島県いちき串木野市の若潮水産所属=

の甲板で、一人で浮きの回収作業をしていて

転落したとみられる。

救命胴衣は着ていなかった。

夫婦は事故の真相と責任を明らかにしたいと、

海上保安庁や海難審判庁に捜査や審判の

申し立てをするよう働きかけた。

船長らが、船員法が規則で課している

「甲板上での漁労作業中に救命胴衣を

着用させる義務」を怠ったと考えるからだ。

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2006年8月21日 (月)

平成18、8、21 朝日新聞記事N01

平成18年8月21日 朝日新聞

    (社会) 抜粋記事パ-ト1

  救命胴衣なぜ着けぬ

 漁船作業時義務のはず・・・

漁船などでの作業時に法令で着用が

義務づけられている救命胴衣。海の現

場では「邪魔」などの理由で、法令無

視がまかり通っている。そんな風潮を

変えようと、宮崎県延岡市の夫婦が

「救命胴衣の着用徹底と罰則規定の厳

格化」を訴える活動を続けている。未

着用でアフリカ沖の海に落ち、行方知

れずとなった息子の死を無駄にしたく

ないという思いが活動を支えている。

(永井真紗子)

  キ-ワ-ド

 救命胴衣の着用

20トン以上の船舶について、船員法は船員労働安全衛生規則で、

甲板上での漁労作業や船体外板の塗装作業

などの際、作業者に救命胴衣を着用させることを

船長らに義務づけている。

罰則規定はない。

20トン未満の小型船舶については、船舶職員及び

小型船舶操縦者法の施行規則で、「12歳未満の

子ども」や「1人での漁労作業で、転落時の

救助手段を確保していないとき」などに着用させる

ことを船長に義務づけている。

守らないと船長に違反点数が科される

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2006年7月21日 (金)

宇和島水産高校への感謝

278 平成18年7月14日  神戸地方海難審判庁より帰宅中、連絡無しで、どうしても水産高校など周り、少しでも海難事故撲滅を、訴えたくて、宇和島水産高校などに寄り、海難事故撲滅を訴えてきました。

宇和島水産高校の校長先生は、私達を、快く迎えてくれました。

私達が、訴えている海難事故撲滅などの話を、聞いて下さった事は、私達は、感謝の意で一杯でした。

私達は、雄輝と同じ志を持った若き命を、・・・

私達は、えひめ丸の慰霊碑に行き、写真など撮りました。

本当は、私達が、作った海難事故撲滅などのプリントした、Tシャツを着たかったのですが、生徒達の事を考えると、着る事が出来ませんでした。

私達は、慰霊碑に合掌をしました。

私達は、雄輝の事が、頭に浮かび、なんと書いていいのか判りませんが、無念です。

事故は、相手にとっては、何とも思わないかも知れませんが、遺族にとっては、憤りなどは、一生消えません。

これから先も、私達は、海難事故撲滅を訴えて行きたいと思います。

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慰霊塔は、犠牲になられた9名の御霊の訴えです。

慰霊塔は、7つの海・9名の御霊の証です。

この9名の御霊の一命は、雄輝と同じ、亡骸もありません。

私達は、これから先も、この様な悲惨な事故が、起きない様に、訴える事が、私達の責務と自負しています。

宇和島水産高校の、これからの安全航行を、お祈りします。

宇和島水産高校の校長先生、本当に、有難うございました。

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2006年7月 9日 (日)

雄輝の願い

   海難事故撲滅は雄輝の願いです

     風化させないで

  救命胴衣を着用しよう

・乗船者は全員救命胴衣を着用しましょう。
 いざという時にあなたの命を守ります。

【海に出たなら救命胴衣!】
※シートベルト同様に着用しましょう

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2006年6月11日 (日)

私達遺族の気持ち

平成16年5月10日以降雄輝が、暗い海底に 向かって
お父さん・お母さん、ごめんなさいと、笑顔で沈む姿を、
夢で見ました。
今でも、私の 頭から消えません。
私達は、若潮グル-プを許しません
私達の気持ちを、わかってください。

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2006年5月31日 (水)

感謝します

私達のブログを見てくださっている方

又、私達のブログのチラシを快く、置かせて下さっている、お店の方々へ感謝いたします。

今、私達は、日々ブログのチラシを、お店の人達に、海難事故の実態を判って貰う為に、回っています。

回っていて気付いた事を、書かせて貰います。

私達が、お店の人達に、私達の心情、又、海難事故の怖さ、海難事故の撲滅などの説明をしながら、お願いに回っています。

皆、私達の話に、耳を傾け、真剣に我が事の様に、聞いてくれます。

本当に、ありがたく思っています。

お店の人達など、海には、又、遠洋まぐろ船などには、法律は、適用出来ないのですか。

人の命を守るべき法律は、あります。

でも、真剣に扱わない司法、行政、などの事も、ブログに書いてありますので、もし、暇な時にでも、見て下さいと言っています。

私の方の直接メ-ルなどにも、船舶の船員さん達の意見も、あります。

私は、Tシャツに、海難事故撲滅と雄輝の顔写真を、プリントして回っていますので、気付いた方は、気軽に声など、かけてください。

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2006年5月23日 (火)

雄輝の寮生活

昨日 (平成18年5月22日) は、雄輝が宮崎海洋高校の時に乗っていた実習船 (進洋丸) を見に、雄輝の弟を連れて行きました。

そして、雄輝が過ごした寮にも、連れて行きました。

弟は、雄輝を迎えに行った事はありましたが、寮の中には、入った事はなかったので、・・・

寮には、寮監さん達が、待っていてくれて、昼食も、わざわざ作ってくれました。

そこででる話は、雄輝の事などで、雄輝はそれなりに、寮生活を楽しんでいたそうです。

私達は、雄輝は、18才で他界したけど、それなりに、集団生活に馴染んでいたようです。

でも、寮監さん達に、雄輝の事は、まだ、全く白紙状態と言うと、皆眉をひそめます。

寮監さん達は、私達に精神的に疲れると思いますが、頑張ってください。

私達に、何か出きる事があれば、いつでも、言って下さい と、気遣ってくれました。

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2006年5月14日 (日)

雄輝の金彩食器

るりいろ旅のテレビを見て、大分の日出町 (ひじまち) の聖山窯で作っている、金彩食器を見たので、雄輝に買ってやろうと思い、平成18年5月13日に大分の日出町に出向き、気に入ったのがあったので、購入してきました。

店の人と話しながら、今度は、雄輝の干支である金彩の牛の置物が出来ないかと尋ねました。

店の人は、私も牛年なので、これも何かの縁と思い、一度、挑戦してみるそうです。

店の人の対応は、丁寧・親切で、真心が伝わりました。

私達は、来て本当に、良かったと思いました。

家に帰り、夕食から雄輝に、金彩食器で、盛り付けました。

母の日に、雄輝の弟が、カ-ネ-ションを、買ってくれたので、早速、金彩の花瓶に飾りました。

この金彩焼きは、純金を上薬として、使っているそうです。

詳しい事は、下記の方へ、連絡すると良いと思います。

日出暘谷焼聖山窯  0977-72-9945
大分県速見郡日出町川崎48-5
珍しい金彩の焼物を焼いている窯元です。
陶芸教室があり、自分で作品造りを体験できます

買ってきた品の一部ですけど、見て下さい。


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雄輝の為の日出人形

平成18年5月13日 大分の日出町 (ひじまち) へ行きました。

雄輝の干支である、牛の人形が日出人形として、ある事を知り、日出に行きました。

日出人形は、門上修 (もんじょう おさむ)さんが、大分市の美術学校を出てデザイン関係の会社に入ったが、昭和55年頃より、好きな土人形を作り始めて独立。

奥さんも同じ学校の出身で、夫婦で土人形の製作をしており、今後の郷土玩具の作者として期待されています。

門上さんの作り始めは、国東半島の土産物の土鈴でしたが、その後、節供物の土人形も増えて今では、両方合わせて、100種類ほどを作っています。

私達も、門上さんと会話をしながら、多種多様の人形を見せて貰い、店にある牛の人形を10種類程、雄輝に買ってあげました。

門上夫婦の人柄が、人形に表れています。(本当に、良い人達でした。)

素朴ではありますが、一つ一つの表情豊かな牛達に、感銘しました。

そのうちの、三体ほどを、載せますので、見て下さい。

又、その他、色々な人形や、置物がありました。


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2006年5月11日 (木)

雄輝のつらい三回忌

平成18年5月10日 私達の最愛の息子の三回忌を昨日しました。

住職さんなどが、自宅にて法要をしてくれました。

眞田雄輝の事を、思うと、我が息子が不憫でなりません。

私は、住職さんが、眞田雄輝に対して、弔いをしてくれている間、頭の中で、息子 (眞田雄輝) が、助けを求めていたのに、誰一人知らん顔をした事が、許せない。

息子(眞田雄輝) も、私達家族に対して、すまないという気持ちで、他界して逝ったであろう、と思うと、

息子 (眞田雄輝) も、無念・裏切られた、と思いながら、一人で見捨てられて、生きながら、奈落の海の底に、沈んで逝ったと思うと・・

その様な事を考えれば考える程、親としてでは無く、人間として、許す事の出来ない、おもいです・・・

息子 眞田雄輝 も、平成16年7月には、ケ-プタウンに行くのを、楽しみにしていると、遺品 の中の日記に書いてありました。

(雄輝は、家族思いの最高の子供でした。)

私、眞田敏雄は、今おかれている状況を、皆様に伝え、海難事故の撲滅を働きかけて行きたいと、思います。

実際に、あって見なければ、判らない数々の、司法などの不備などを、訴えていきます。

海難事故が、無くなり、私達の様な境遇に、会われる方が、無くなれば幸いと、思っています。

皆様の力添え、宜しくお願いいたします。

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2006年5月 7日 (日)

雄輝の親友と寮の時の後輩

平成18年5月7日 延岡の自宅にて、

今日、雄輝の親友と寮の時の後輩が、延岡に来てくれました。

雄輝の親友は、今は、国内のタンカ-に乗っています。 雄輝の親友は、三回忌前ですれど、船の下船の都合で、今日、来てくれました。 

雄輝の親友は、寮の時の後輩も一緒に連れてきてくれました。

私達は、雄輝の寮生活を皆で、どの様な寮生活だったか、教えてもらいました。

親友は、元より、後輩も、眞田先輩は、後輩に対しての気配りなどしてくれて、良く面倒をみてくれました。

後輩の話によれば、雄輝は、先輩として、誇りに思える先輩でした。 今は、雄輝先輩などの教えに、背かぬ様に、今の仕事を一生懸命しているそうです。

私達は、雄輝の親友・後輩などの話を聞き、雄輝が他界しなければ、皆で、思い出の話などに加わり・・・

雄輝が他界した事により、私達遺族は勿論の事、雄輝と寮生活を送った寮生達の心の痛みなど考えると、

二度と、この様な海難事故が無くなり、皆が年をとってから、再会した時の事を考えると、・・・

私達遺族の使命は、亡骸も無くなる様な違反操業などして、他人の生命など奪うような船主などが、無くなる様に、

今から先、海難事故についての減少を、 マスコミ などを通して、世間に訴え、それが、当初目的である、私達の使命と、今日、更に心に決めました。

司法なども、的確に、責務遂行する様に、世間に訴えたいと思います。

心苦しむのは、私達は元より、雄輝を慕う人々に対しても、責務を果たしたいと思いますので、宜しくお願いします。

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2006年4月20日 (木)

亡雄輝の三回忌を前に

平成18年4月19日

雄輝の親友のお父さん、お母さん、が来てくれました。

ここの、お父さんは、昔から、船乗りでまぐろ船などの、経験豊かな人です。

今は、内航船のタンカ-に乗っています、だから船など判っています。

又、お父さんは 船に乗船しているので、陸に上がった時は、延岡に来てくれます、私達、いつも 愚痴など言っていますが、いっも私達の話を聞いてくれます。

私達は、感謝しています。

又、ここの 息子さんは、 (雄輝の親友) 、お父さんと一緒のタンカ-に乗船しています。 いつも息子さんと、雄輝が、何故、ベルトコンベア-に乗って、転落したか、???話しているそうです。

雄輝は、絶対に、そこには乗らない と、息子さんは、今でも思っているそうです。

私達も、雄輝の性格を、一番知っているので、絶対に、ありえません 

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2006年4月 9日 (日)

 海の男の、男の姿

平成18年4月9日 私達は、今日、ある漁港の近海まぐろ船の、船主の自宅を、訪問しました。

そこには、家を預かる奥さんが、いました。 私達は、何の連絡もせず、突然の訪問となりました。 奥さんと、少しの時間をかりて、私達の事を述べました。 奥さんは、何のためらいも無く、私達に、快く応対して頂きました。

私達が、自宅を預かる奥さんに、今のまぐろ船などの海に対する、安全を聞きました。 奥さんは、まぐろは、確かに獲れない時もあり、値段もばらつきがあります。 でも、うちの方は、その様な事は、二の次にして、船員達の安全に対して、一番気をつけます。 

魚は、獲れる時は、獲れ、獲れない時は、諦めます。 でも、安全を怠ったら、船主は、大変な事では、済まない事になりますから。

私の方は、 (船主) 船員が、無事に出て、無事に連れて帰るのが、船主の義務ですから。

船主は、作業用救命衣は、いつ、いかなる時も、身に着けます。 水産ガッパの着用している時は、その下に着けます。 又、ここの漁港では、漁港が、皆に作業用救命衣の着用を、漁港全体で、徹底しています。

奥さんは、作業用救命衣は、着用義務でしょう と、私に問いかけました。 

私は、この船主の奥さんも、立派だけど、又、旦那さんも、海で生きる本当の、あるべき海の男だと思いました。 この様な、船主さんが、今から先、本当の、まぐろ漁を、続けて行く資格の人達と、私は、思いました。 この様な船主さんが、増えれば、安全は勿論、まぐろの減少にも、歯止めがかかると思いました。

人の命も、ないがしろにして、まぐろだけに、目がいっている船主は、国が、徹底した安全教育を、しなければ、私達の様な遺族は、減らないと思います。

名前などは、今回は、伏せて貰いますが、本当に、有難うございました。 又、機会があったら、ここの漁港に来て、色々な人達と、話をし、又、書き留めます。 

   ここの人達の、皆、安全で豊漁を、願っています。

Photo_5 この花は、ヘッカランです。

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2006年4月 3日 (月)

雄輝が過ごした宮崎海洋高校寮へ行く

平成18年4月3日 宮崎海洋高校の寮母さんより、寮へ、いらっしゃいませんか と電話がありましたので、私達は、宮崎海洋高校の寮へ行きました。

私達も、雄輝が過ごした寮なので、本当は、年に何回も行きたいのですが、

寮に行ったら、寮生活の雄輝が写った写真などが、頭に横切り、雄輝が、ここで、寮生などと、

楽しく過ごした顔が、直ぐにでるので、考えると辛いので、寮から、どうしても足が遠のき、なかなか行けませんでした。 

でも、寮母さんや寮監さんの顔なども見たいし、雄輝の寮生活の話なども聞きたいし、複雑な思いの中、今日、行って来ました。 

やはり、雄輝の顔が、ちらつき、表現がしにくいのですが、・・・ 

でも、寮母さん・寮監さんと話しているうち、雄輝の事などの話が、・・・  

寮母さん・寮監さんは、私達が、もう2年経つので、水産㈱と示談などの話が済み、 

私達も、少しは落ち着いた頃だと思っていましたが、全く、其のままで、

私達は、雄輝共々、ないがしろに、されているのを知って、寮母さん・寮監さんは、水産㈱等に対して、憤慨していました。 

この様な事だから、安全について、全くなっていない様な事を言っていました。 

私達も、全く以って、同意見です。 私達は、この様な会社は、この世に、存在する価値のない会社だと、言いました。

寮母さん・寮監さんは、お父さんが、厳しく育てたので、今の世の中に珍しい良い子でした。 

寮母さんは、私の作った料理を、いつも、感謝の気持ちで、雄輝君は、食べてくれていたとの事でした。 

そして、寮母さん達は、雄輝の笑顔で、元気づけられていたとの事でした。

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2006年4月 1日 (土)

今日からは、平成18年4月1日 海難事故

本日より、平成18年4月1日、  宮崎の延岡も、回りを見れば、もう春です。私達遺族の、ブログ ・(海難事故に会った若き青年)・をいつも、見ていただき心より感謝しています。これからも、

この様な、海難事故が、少しでも減少する事を、願いつつ、経験談を書きますので、宜しくお願いします。(船主・官・のやり方など)

 延岡の愛宕山の桜です     

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続きを読む "今日からは、平成18年4月1日 海難事故"

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2006年3月30日 (木)

海難事故に会った若き青年

海難事故に会った若き青年を、いつも読んで頂き、有難うございます。 

私達の投書をこれからも、宜しくお願いします。又、皆様のご意見を、お聞かせ下さい。Img1059788329

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2006年3月24日 (金)

  海難事故に遭った、これからの遺族の使命

平成16年5月10日 亡雄輝の当時の新聞記事を掲載します。

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本当は、船長の謝罪、又、雄輝の船での生活などの話が、聞きたかった、私達が判っている事は、雄輝が船舶電話にて、3回の限られた時間内だけの話だけだったので・・・)

  

延岡地元の新聞である、夕刊デイリ-の、記者の人は、私達遺族の事を気遣い、宮崎海洋高校へ出向き、雄輝の事を取材して、載せて下さいました。私達は、有り難く思っています。 (延岡から片道2時間半位かかります)。

_109 この写真は、延岡の城山公園の桜です。

平成16年4月の桜で、雄輝に送ってやる為に写した写真です。

私達は、今から先、するべき使命は、雄輝の死を無駄にせず、これから先、海難事故が少しでも、無くなる様に、政府の関係機関各所に、嘆願して、私達の様な遺族が、少しでも無くなる様に、運動などをして行くつもりです。

私達の事ばかりで無く、皆様に関心を持って貰える様なブログを作成していきますので、これから先も、宜しくお願いします。

私達が、雄輝の為、横須賀の戦没者慰霊祭の帰りの道のりで写した写真などを、今から先も出しますので、興味のある方は、見て下さい。

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宮島での鹿です

Photo_3 防府の願かけ牛です

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防府天満宮の牛です

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